このところ毎日なんとなくバタバタしている。
まず、3月に継母が倒れ→土曜日の夜中に父が発見→救急車を呼ぶ→手術ということがあった。
救急車で運ばれた翌朝、父が同じ奈良に住む妹に電話→タイミング悪く妹は旅行中→妹からわたしに電話がかかってくる。
さっそく父に電話して今から向かう旨伝えると「ええねん、ええねん、どうなるかも分らんしあんたはわざわざ来んでもええ」と言う。
父は言い出すと頑固なのでいったん「分かった」と電話を切るも、電話口の父の声からは動揺が見て(聞いて?)取れたし、さすがに父の言うことを真に受けるのもどうか、と迷っていた。
教えてくれるかどうか分からないなぁと思いつつ、ダメもとで搬送先の病院に電話すると「はい、○○さんのご家族ですね、担当の看護師に代わります」と言って看護師さんにつないでくれた。
そこで継母の様子や状況を教えてもらう。
「お父様は動揺されてるので、来てもらった方がいいと思います」という看護師さんのわたしの迷いを振り払うお言葉をいただいて、すぐに家を出た。
父には行くとは知らせずに、病院まであと10分というところまで行ってから電話をした。そうすると看護師さんがわたしが向かうことを伝えてくれていたようで
「あんた来てくれんねんな」と父がホッとしたような声で言ってきた。
病院に着くと父はうれしそうにしてくれた。
夜中に母が倒れているのを発見して声をかけるも反応なし。
明らかに異常な様子だったので救急車を呼ぶしかないと判断したんだとか。
84歳の父には大変なことだったと思うし、心細かったろうなぁと思う。
そこから母の手術が終わるのを一緒に待ち、手術が終わったあとは主治医から話を聞く。今回倒れた原因は脳梗塞だったんだけど、主治医がいうには全身状態が非常に悪い、ということだった。
肺に水は溜まっている、心臓が弱って肥大化している、子宮筋腫はある、と病気のオンパレードで、そんな状態でよく母は家で過ごしていたなと思う。
父からは最近は寝てばかりでほとんど何もしていなかったとの話だったが、よほどしんどかったのだと思う。
母はそんな状態でも病院に行くことを拒んでいたので、父も無理に連れていくことはしなかった。一度父に電話を掛けたときに電話口の向こうで母が父に「病院には行かへんからな」と怒鳴っているのが聞こえてきたこともあったし…。
実は母は若いころから統合失調症という病気を患っている。父と再婚したときは症状が比較的ましだったようで、父は病気のことは知らずに結婚した。
結婚してしばらくして、独り言や不可解な言動がでてくるようになったので、そこで初めて病気であることを聞いたらしい。(人に口を出されるのが嫌いな父は再婚もわたしたち子供には事後報告だった)。
薬は処方されていたけど、副作用を嫌って母はきちんと飲んでいなかったし、父もちゃんと管理してあげていなかったので、母の症状はしばしば悪化した。
そうなるともう母とはコミュニケーションが取れないし、わたしたちも気になるものの、少しでも何か言うと父はめちゃくちゃ嫌がるので、何も言えず。
そんなこともあって、最近母がしんどそうにしているとは聞いていたものの、いつものことだと思っていたのだ。
それがこんなに体を悪くしていたなんて…申し訳なく思う。
母の精神の病気のせいか、父と母の仲も最近は悪化している(特に母が父を嫌っている)ように見えていたのだが、父は母のことをすごく心配していて、やはり大事に思っているんだな、ということが分かった。
最初の主治医の説明では「意識が戻ることはないかも」との話だったが、意識は戻り、麻痺が残ると言われていた左半身もわずかながら動いている。
ほぼ眠った状態(にされている)母だが、父に気付いて何か話そうとして(呼吸器がついているので話せないのだけど)口をパクパクさせている様子を見ると、夫婦のきずなは他人には分からないもんだな~と思う。
これからいろいろあるだろうけど、父のことをできるだけサポートしていこうと思う。
その一方で、長女の引っ越しがあったり、次女の大学入学があったり…。
普段のんびり過ごしてるわたしには忙し過ぎた(笑)
母のことはブログに書こうと思いつつ、なかなかそんな気分にもなれず…。
やっと気分が落ちついてきたので書いている。
子供たちは新生活、年老いた両親は介護、すごい落差やな~と思いつつ、こういう時に家族がいてくれることが、何をしてくれるわけではなくともありがたい。
長女は独立、次女も大学進学とわたしが余裕のできるタイミングだったことも助かった。
かなり長文になってしまいました。
最後までお付き合いくださったみなさん、ありがとうございました ✨